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2014/12/25

バブル期真っ盛りの頃のスキー事情

懐かしいニュースですねw ってか、なんと効果的なおっさんホイホイなんだw
バブル最盛期のスキー場 リフト2時間待ちは当たり前だった│NEWSポストセブン

バブル最盛期のスキー場 リフト2時間待ちは当たり前だった│NEWSポストセブン

2014.12.24 16:01

 クリスマスイブの夜に豪華なディナーとホテルを予約し「特別な夜」を演出するようになって久しいが、そうしたブームの隆盛に大きく寄与したのが、1987年公開の映画『私をスキーに連れてって』だ。

 当時のクリスマスは「スキー文化」と密接に結びついていた。クリスマス前後に女性をスキーに誘うのは当時の流行りのデートプランで、特に人気のスキー場が新潟・苗場スキー場だった(その他、斑尾高原なども若い男女に人気だった)。

 苗場へと向かう関越道は大渋滞。苗場まで4~5時間かかることもザラ。「スキー場に着いてもリフトの2時間待ちは当たり前で、昼までに2度リフトに乗れればいいほうだった」(都内の50代会社員・A氏)という信じられないような時代だった。

 中でも苗場プリンスホテルは高嶺の花で、クリスマス時期に泊まることは「赤プリ」を上回るステータスだったといわれる。

 ちなみに当時、スキー場に行く車で最もカッコいいといわれたのは、『私をスキーに連れてって』にも登場したトヨタのセリカGT-FOURだった。A氏の思い出話。

「27歳の時、苦労して苗場プリンスを予約したんです。当時の彼女を誘うととても喜んでくれた。で、親父に車を借りて出かけたんですが、途中の雪道でタイヤが滑って脱輪。大渋滞を引き起こしてしまったんです。周囲の協力もあって30分ほどで元に戻れたのですが、彼女のテンションは下がりまくり。結局スキー場に着いても大混雑だし、東京に戻るまでロマンティックなムードになることはありませんでした」

 なお、当時はスタッドレスタイヤはほとんど普及していない。「女の子の前でタイヤチェーンをスムーズに装着できるように男たちは必死に練習していた」(A氏)という。

※週刊ポスト2014年12月26日号


スタッドレスは履いていませんが、私も愛車「ピアッツァ」で白馬などに行っていましたよ。後輪にチェーンつけてね。野澤温泉に行った際には夜中に降った新雪が道路に結構積もっていて、後輪駆動とマニュアルトランスミッションゆえの、アクセルワークの難しさに悪戦苦闘して宿に着いたことを覚えています。

ゲレンデが混んでいたのは確かで、例えば栂池スキー場だと朝一でゴンドラに向かい、そこで1時間位並んでやっと乗車、リフトなんかは普通に数十分待ち。確か日券を買うのも結構並んだような記憶が…。

で、結婚して子供ができて久しぶりに行ったスキー。場所ももちろん違うけど、リフトの隙っぷりに驚きましたよ。並ばずに乗れるwww ばんばん滑れるwww ってか、休む隙がないのでオッサン疲れるやんwww 状態でした。

まぁ彼女とイブにゲレンデなんていう経験はありませんけど
(´・ω・`)

いま見ても楽しい映画だと思いますよ。いろいろ時代は感じますけどw
一番面白いのは、うまい人が一生懸命下手に滑ってるのがねw 笑えるっていうか、どう繕ってもうまいってのが見え見えなところが面白いっすわw
 


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