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2014/11/02

伊勢神宮(内宮、外宮)に行ってきました Part2:内宮

あいにくの雨模様、しかも強い雨も時々降るという最悪のコンディションでしたけど、素晴らしい体験になりましたので、記事にしてみます。なお、100%記憶力に頼っていますので記憶間違い・誤解もあること、ご容赦ください(汗

ということで外宮から内宮に移動です。

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皇大神宮(内宮)イラストマップ皇大神宮(内宮)イラストマップ

#外宮はこちら
#⇒伊勢神宮(内宮、外宮)に行ってきました Part1:外宮

外宮からタクシーで移動します。普段なら混むので走らないんだが…という運転手さん。やっぱり雨が響いているようです。高速の下を走る道ですが、その道は唱和21年に真珠の養殖で有名な御木本さんが10万円を寄付して作られた道とのこと。最初は農道だったそうですが、今は拡張されて片側2車線の道になっています。

到着してすぐにトイレに行きます。なにしろ、約90分の参拝時間かつトイレはないので、先に済ましておきます。で、結構トイレは混んでいますw

宇治橋から参拝を始めます。この前が三大記念写真撮影スポットの一つ目ってことで、集合写真を撮ります。が、雨が…。ここで、外宮とは鳥居に少し違いがあります。外宮の鳥居にはついていたものがないのです。謎解きは後ほど…。

この宇治橋、遷宮と同様に作り変えられていますので、真新しい(はず)ですが、あいにくと雨で…。この宇治川の下を流れているのが五十鈴川。この源流は神社の神域ですので、もちろん生活排水などない、清らかな水が流れているということでした。また、宇治橋の少し上流に8つ?くらいの柱が建っていて、それは源流が原生林なので倒木などがそのまま残っているために大雨などの増水時にその倒木がそのまま流れてくる、その被害を防ぐためのものということでした。なるほどですね。

鳥居をくぐりますが、内宮では右側通行です。外宮は左側通行でしたよね。なぜか?これは先ほどの謎解きにも関連しますので後ほど。

宇治橋を渡りきったところにも鳥居があります。謎は同じくです。なお、この一の鳥居と二の鳥居は遷宮にも関係しており、正殿の棟持ち柱だったものがこの鳥居に移設され、その後次の遷宮の際にはここから、関宿ともう一つのところの街道に移設されるそうです。昔の東海道および海から上陸したところの街道に移設させるので、都に往来する人はすべての人がこの鳥居をくぐることになっているということです。20年棟持ち柱、20年鳥居、その後また鳥居…ということで、ひたすら再利用=再生ですね。

二の鳥居を過ぎ、表参道を進みます。その先に橋がかかっていますが、昔江戸時代まではこの表参道部分の両脇(神苑と呼ばれています)には民家があったそうで、明治政府が「それはいかがなものか?」ということで代替の土地を用意して引っ越ししてもらったとのこと。神域とは「過去人間が住んだことがない」というのが条件の一つらしく、ということはこの領域は神域とは言えないので「神苑」と呼ぶことになったそうです。

さて、その橋を過ぎると三の鳥居があります。外宮にも(当然)鳥居がありますが、外宮の鳥居にはすべて「榊」が打ち付けられています。榊とは「さかき」と読み、鳥居などに付けられます。鳥居は前の記事にも書きましたが、

「人間界と神域の境」

です。だから、「さかいめの木=さかき」と呼ぶとのこと。こじつけのような気もしますが(汗

また、榊は榊という木そのものに付いている呼び名ではなく、境目の証に使う木をさかきと呼ぶそうです。その証拠に北海道のある地方ではいわゆる「榊」が育たないので、松?の木をさかきとして使っているそうです。その地方の人々が境目の印はこれだと考えていればそれがさかきなのだとのこと。

で、謎解きです。もうお分かりですよね。

それは「神苑」にある鳥居には榊はついていないということです。鳥居の向こうが神域ではないので付けられないんですね。だから、内宮で鳥居に榊がついているのは三の鳥居からです。

三の鳥居を過ぎ、右手に流れる五十鈴川でもう一度手を清めます。雨が振っているので少し濁っていますが、冷たくて気持ちが良いです。まさに心身リフレッシュできそうです♪

で、この御手洗所の近くに「瀧祭神」が祀られているのですが、これがこの伊勢神宮参拝で一番驚いたことです。というか、よく考えれば当然だとも言えるんですが…。ガイドさんの解説も熱を帯びていました。

まず、伊勢神宮とは内宮外宮の2つだけではなく、その内宮外宮の神域の中あるいは近くにもたくさんの神社があります。伊勢市だけではなく、鳥羽市、松阪市、志摩市などにも点在し、総数125社の総称であるということです。その125社は、皇大神宮、豊受大神宮の2つの正宮、14の別宮、109の摂社、末社、所管社という格があり、遷宮がなされるのは、2つの正宮と14の別宮まで。所管社とは伊勢神宮の中では格が一番下(下だからどうということもないんでしょうけど)であり、当然遷宮は行われない。

しかしながら、この「瀧祭神」は伊勢の人達により正宮よりも前に建てなおされていると!これは考えられないことである!とガイドさんは力説されていました。この「瀧祭神」は天照大御神がこの地に鎮座される数百年も前からこの地に祀られている地元の神様だったという由来です。

私は、崇神天皇の皇女「倭姫」が天皇からの「天照大御神を祀る場所を探せ」と命令されて、ほぼ一生かけて巡行して、やっと辿り着いた地に先着がいて、その先着の神をそのまま残してお祀りしていることに驚いたのです。なぜなら、当時の皇室は全国を統一できていなかったとは言え、少なくとも近畿地方では最大の勢力を持っていたはずの勢力です。その勢力の中で最高の権威を持っている天皇の勅命により天皇の皇女が探し当てた場所。そこにもともと祀られていた神。

日本以外の考えなら、そんな神などどけてしまえ!で終わると思うんですよね。それを残した。それは怖れというのもあったのでしょう。八百万の神なのでしょう。人間が神様をどうこうするなど怖れ多いのでしょう。そういえば、外宮にも「土宮」というもともと山田原の鎮守として祀られていた神のお宮があります。こういうところに「征服」ではなく日本の「和」の心が伺えて嬉しいですね。

参拝を進めると四の鳥居があります。そこをくぐると右手に橋があり、その先に「風日祈宮(かぜひのみのみや)」があります。ここは風と日=太陽に関係する神で、農業や漁業に関わる人は必ず参拝すべきとのことでした。

さて、参道を進むと奥に正宮があります。正宮は小高いところにありますので、階段が20段くらい?あります。この階段の下が、記念写真撮影スポットの2つ目です。写真は階段の下でのみ撮影可能ですのでご注意を。私達が参拝している間にも、神官に注意されている人が男人かいましたが、情けない人です。

ここ皇大神宮の正宮では、陛下の参拝の様子は解説されませんでしたが、その代わり神嘗祭のことが解説されました。

参拝を終えて左側の板垣?に移ると少し内部の広場を見ることができます。そこに石で囲まれた広いエリアがあり、そこに大勢の神官が座ってお祈りをする、そのもっとも右側には天皇ゆかりの女性(皇女)が座り、昭和時代なら誰それ、現在では黒田清子様がお座りになるとのことでした。なぜ皇女なのかは説明がありませんでしたが、天照大御神が女神ですのでそうなのか?とも思ったり。また、神嘗祭では内部の内玉垣に全国から収穫された稲穂を打ちかけられ、一番左端は陛下手ずから収穫された稲穂ということです。全国から集められた稲穂は稲刈りされていますのですぱっと切られていますが、陛下が収穫される際には鎌は使われないので根が残っているそうです。なぜ陛下が鎌を使われないのかも意味があるでしょうけど、解説はなく…。命をもらう際に必要以上に痛めつけないというような理由かなと感じます。

この神嘗祭では、皇女や神官の祈りが10月15-17日の3日間に渡り、昼夜なく執り行われるので3日間ほとんど寝られることはないそうです。同じ時間に皇居賢所では陛下が同じようにお祈りを捧げていらっしゃるので、陛下も3日間ほとんど寝ていらっしゃらない。ご高齢なのにこのご負担…。

陛下は国会行事および祭祀に役割を集中し、その他のことは他の皇族に任せるというのはだめなんでしょうか?若くても結構体力的な負担になるでしょうに…。

さて、正宮をあとにして「お願いごと」をするために「荒祭宮」に移動します。こちらには鳥居がありません。なぜなら、すでに同じ御祭神の正宮にはあるからです。なので、まず正宮をお参りするという順番にしかなりませんね。

いろいろお願いいたしました。あとは参道まで下りて、宇治橋のほとりで最後の写真撮影です。

さて、最後の謎解きです。外宮では参道の左側、内宮では右側と歩く場所が変わりましたが、それはなぜか?ページの最初にリンクを設けているマップを観ていただければわかりますが、内宮の参道の右側には五十鈴川が流れています。五十鈴川は神域を源流に持つ清流です。少しでも清いものの近くを通るという意味合いがあって、内宮では右側を歩くということです。では外宮は?外宮のマップには参道の左側に川などありませんね?

しかしながら、マップのせんぐう館の周りには「勾玉池」があります。これは、昔は川が流れていた痕跡ということで、その昔、外宮が創建された当時には参道の左に沿って川が流れていたとのこと。なるほどですね。

とにかく穢れというのもを排除した、神社とはそういうものなのですね。

あと、お願いすることと感謝することを分けているのも非常にためになりました。陛下でさえ、感謝のお祈りを捧げていらっしゃるのですね。確かに、生きていられる・毎日なんとか食べ物を食べていられるのも、ありがたいことで感謝しかありませんね。謙虚に謙虚に、そういうことを知れば知るほど、自分は謙虚に謙虚にならねばなぁ…と思い知らされます。

ということで伊勢神宮の内宮外宮参拝の記事は終わりです。ガイドさんがいなければ、この2つの記事のような知識を得ることもなく、ただ「へーーー」っていう感じで参拝しただけでしょう。というか、ガイドさんをお願いしていることがなければ、そもそもこの雨の中参拝したかどうかもわかりません。以前、善光寺の旅行の際にも感じましたけど、ちゃんとしたガイドさんに話を聞きながら回るのと回らないのとでは大違いですね。ボランティア解説の人も時々お見かけしましたので、ぜひ!ですね。

【友に引かれて善光寺】PartⅢ 善光寺散策①: ピア 徒然見聞録
 


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