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2014/11/02

伊勢神宮(内宮、外宮)に行ってきました Part1:外宮

あいにくの雨模様、しかも強い雨も時々降るという最悪のコンディションでしたけど、素晴らしい体験になりましたので、記事にしてみます。なお、100%記憶力に頼っていますので記憶間違い・誤解もあること、ご容赦ください(汗

#内宮はこちら
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伊勢神宮

まずは外宮、せんぐう館を見学しました。中は写真撮影禁止です。全面禁止でした。最初はまったく知らずに案内されて入ったんですけど、素晴らしい物ばかりが展示されていました。奉納されている宝物や正殿のレプリカなど。その豪華かつ繊細な装飾には観ていてため息が出ます。正殿は見上げるような大きさでした。柱も太い。

式年遷宮記念 せんぐう館

残念だったのは、見学時間が30分しかなかったこと。1時間は必要でしょう。残念でした。

せんぐう館を出て「勾玉池」に面した休憩所に集合、そこでガイドさんと待ち合わせです。プロのガイドさんのようです。70歳手前くらいとお見受けしましたが、なんのなんの足も早いし声も通る。外宮と内宮、併せて3時間近くでしょうか、お世話になりました。

次は外宮です!豊受大御神が祀られているところ。

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Img0072

豊受大神宮(外宮)イラストマップ豊受大神宮(外宮)イラストマップ

まずは手水で体を浄めます。

清める作法があって、
■右手で柄杓を持ち、多めに水をすくう
■左手を清め、右手を清め、
■左手で水を受けて、口を清め、
■(口で汚れたので)もう一度左手を清め、
■最後に柄杓を立てて、残った水で柄杓全体を清め、
■柄杓を元に戻す
という手順とのこと。

ということで参拝です。表参道を進みますが、鳥居をくぐる際には一礼をする、なぜなら鳥居は世間と神域の境を示すもの、鳥居の向こうは神様の世界。だから、挨拶という意味もあり「一礼」ということです。忘れずにしましょう。さらに、外宮では参道の左を進みます。なので、鳥居をくぐる際にも左です。これは意味があり、後ほど。

一の鳥居を過ぎ、すぐに右手にあるのが行在所、斎館です。この行在所というのが皇族の方々が参拝される際に身を清める場所ということです。この行在所まで車で来られて、清め、そこから参拝されるそうです。

斎館というのは、天照大御神のための御饌を毎日2回作る神官が13時間かけて身を清めるところとのこと。5人の神官が交代しながら身を清めるそうです。食事は1日2回、多分午前5時?8時?と午後2時だったかと…。

この食事の材料は宮創設以来皇室から指定された近隣から届けられているそうです。アワビ、鯛、米、その他。こういうことができるのも、皇室がずっと続いている王朝だからであり、日本以外では考えられないと。王朝が変わればこういう御祭神や祭祀の方法も変わりますので当然でしょうね…。

また、食事に使う食器は近隣で焼いた素焼きのもので、一度使うとすぐに土に埋めてしまい二度と使われないようです。穢れ、清浄という意味なのでしょう。それと素焼きなので土に還るという意味で「エコ」とのことです。まぁ、これはあとづけでしょうか(汗

で、ついに正宮ですが、その真横に広い空き地があります。ここが遷宮あとです。こじんまりした祠が残っているのが印象的でした。遷宮したあとの古い宮は解体されて表面を削られて再生し、さてどうされるかということですが、もちろん捨てるなんてことはなく、今回は北海道奥尻島、宮城県石巻、神戸の生田神社、要は地震で崩壊したところの神社再生に向け、運ばれたそうです。もちろん、それ以外にもいろんなところに送られたそうです。これも遷宮と同じく、再生の思想ですね。

さて、その正宮ですが、その前、少し離れたところに板で作られた大きな塀のようなものがあります。これが「蕃塀」と呼ばれるもので、昔はもっと正宮の入り口の近くにあったとのこと。なぜ移設されたのかは説明がなかった(とおもいます…)のですが、その蕃塀の意味は「入り口にこれがあることにより、人間は自然と左右どちらかから入るしか無い=真ん中は神様のために開けておく」ということ(だったはず)

正宮の周りは板垣で囲まれており、鳥居をくぐったところの塀は玉垣と呼ぶそうです。その正宮には鳥居が2つともう一つの扉?があり、最後の正殿前まで行くことができるのは今上天皇のみ、その今上天皇でさえ、正殿に登るための御階(10段の階段)は登らず、その下でお祈りをされるとのことです。皇后陛下その他皇族はその扉の前まで行き、玉串を奉納されるそうです。ですので、果たして正殿前で何が行われているのか、他の人は全くわからない(はず)とのことです。伝承はどうしているんでしょう?少しだけ気になります。

また、なぜ陛下でさえ昇殿しないのかということですが、崇神(すじん)天皇の頃に天災多く人心が荒れ、戦も多くなって国内が荒廃していたことがあり、それは天皇と天照大御神という、非常に強い力を持っているものが同床にいるからだということになって、皇居から天照大御神を移設するのですが、そういったことから、昇殿してしまうと同床になってしまうので、避けられているということです。

参拝は二礼二拍手一礼です。これはどこの神社でも同じですね。なお、内宮外宮には和御魂を祀る正殿と荒御魂を祀る別宮が存在します。正殿は今まで無事に生きてこられたなどの感謝をする場所であり、決してお願いごとをする場所ではないとのこと。これは知りませんでした。お願いごとは別宮ですればよいということで、ホッとした次第。しかしながら、この日は雨がひどく、とても石階段を登って別宮の多賀宮に行くのは時間的に厳しく、危険もあるとのことで取りやめ。内宮にもありますので、そちらでということになりました。

その後、表参道を少し戻って左に曲がり、忌火屋殿の前を通ります。ここは食事を作るところで、清い火を起こすという意味とのこと。忌火という漢字だけを見れば「穢れた火」というような印象がありますが、忌の読みである「いむ」という日本語には清めるという意味もあるそうです。

また、食材は神宮外から運ばれていますが、炊事に使う水は神宮内の井戸から汲んでいるということです。しかしながら、清い水で作らないといけないので、その井戸はそれぞれ神社になっているそうです。これも初めて知って驚きでした。ちなみに、内宮にも井戸はありますが、そこの井戸は神社にはなっていない=なぜなら炊事などには使わないから、だそうです。それともう一つ、作った食事は実際には神様がお食べになってなくなるということはないので、余るわけです。その余った食事は昔は近隣に配っていたそうですが、今は神官の家族や親族が食べているそうです。これはなかなかしんどいなぁと思った次第…。だって、毎日毎日同じ食事ですよ?しかも、今風なものではなく、古代の食事です。何日か続くということですけど、朝昼晩ですからねぇ…。こんなことを言うと罰当たりですけど。

もう少し進むと御廐があります。これは神様=外宮では豊受大御神を乗せるための馬ということで、那須御料牧場で飼育されている馬の中から、選りすぐった馬がこちらにいるということです。ちなみに蹄鉄は履いていないそうです。なぜなら、神様は金属を帯びている馬にはお乗りにならないから。でも、月に数回は蹄鉄をつけ、外を歩くそうです。また、この馬は神様を乗せる馬ですので、天皇陛下より官位が付けられるそうです。神社の神官はそれぞれ官位を持っていますが、この神馬たちの官位は序列として三番目だそうです。馬よりも下の神官もいるということですね。

なので、笑い話としては外を歩いている際に神馬の機嫌が悪くなって動かなくなっても、綱を引いている神官はどうしようもないということです。なぜなら、上位に対して命令することはできないからです。ただし、実際にはより優られた馬ですので、そのようなことは一度もないとのこと。ほっとしました(爆

ということで、まずは外宮参拝終了です。
残念なのは雨が強く、ほとんど写真撮影ができなかったことですね。

次回行った際にはもっと撮るぞと!
 


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