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2012/08/01

マックィーンに娘さんがいたのか?趣味が乗馬?

繁殖って…と思ったら、競走馬のマックィーンね…
マックイーンの娘、乗馬から繁殖へ…奇跡の血が蘇る:競馬:スポーツ報知

マックイーンの娘、乗馬から繁殖へ…奇跡の血が蘇る:競馬:スポーツ報知

 昨年の3冠馬オルフェーヴルに、今年の皐月賞馬ゴールドシップ。「父ステイゴールド×母の父メジロマックイーン」の組み合わせから、2年連続でクラシックホースが生まれた。生産界にとっては、まさに黄金の配合。北海道新冠町の大栄牧場(浜口寛社長)は、生産馬で一度は手放したメジロマックイーン産駒のミツワオーロラ(牝10歳)を探し出し、繁殖として乗馬クラブから買い戻した。ステイゴールドとの種付けも、無事に成功。“奇跡の血”を求めたストーリーが動き出した。

-- 後略 --


記事タイトルに釣られてしまいました ><

で終わってもなんなので…

以前NHKで見たスティーブ・マックィーンの特集番組では、売れっ子になったあとのマックィーンの壊れっぷりが紹介されていました。共演者のインタビューだったんですが、わざと自分のゴシップになるような(嘘の)話を打ち明けて、それがどう漏れるかで信用できるかどうかを試していたとか。

そこまで人間不信になるものなんですね。

マックィーンの映画はたくさん見ましたけど、観ていないのが「民衆の敵」です。

民衆の敵 (戯曲) - Wikipedia

民衆の敵 (戯曲) - Wikipedia

-- 前略 --

 1978年版 [編集]

『民衆の敵』(みんしゅうのてき)は、1978年(昭和53年)製作・公開、イプセンの同名戯曲をアーサー・ミラーが翻案した戯曲を原作としたアメリカ合衆国の映画である。

原題:An Enemy of the People
1978年製作
製作総指揮:スティーブ・マックイーン
製作・監督:ジョージ・シェーファー
出演
スティーブ・マックイーン
ビビ・アンデルセン
日本での配給:日本ヘラルド映画

アクションスターとして名声を得ていたマックイーンであったが、性格派俳優のスペンサー・トレイシーを尊敬し、アクターズ・スタジオで演劇を学んだ彼は文芸作品にも強い関心を抱いていた。原作に惚れ込んだ彼は映画化権を取得、自身が主宰するソーラープロで映画化した。役作りのため体重を増やし、眼鏡をかけ髪と髭を伸ばした姿はマックイーンと気づかぬ者が出るほどで、スタントのない抑えた演技で人間ドラマを演じた。

しかしマックイーンの熱意とは裏腹に、この極めて地味な作品の評価は低く、全米での公開は見送られてしまう(大学などでの自主上映は行われた)。日本では日本ヘラルド映画(現:角川ヘラルド映画)により公開されたが、製作から30年を経てもビデオソフト化もされていない。

-- 後略 --


是非コレクションに入れたい一品ですが、ソフト化されていないとは知りませんでした。角川ヘラルドさん、よろしくお願いします。

( ´ー`)y―┛~~

最後となった作品「ハンター」、高校生の時に友人と観に行きました。その中のマックィーンは本当にもう雰囲気おじいさんで、アクションシーンもはぁはぁ言いながらという感じバリ3で、彼女ともすれ違い気味だけど最後はいいパパになったっていうお話。当時はなにも感じませんでしたけど、マックィーンの生涯を知っている今となったら、本人の理想の姿のように思えてなりません。

もうなくなってから30年以上経っているんですね。さすがにもう現役で俳優ってのは難しい年齢ですが、50歳ではまだまだ…。きっと渋いいい俳優になって楽しませてくれたことだろうと…。
 


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