迷惑千万ですなぁ
→【金正日総書記死去】呼び出し嫌い「無理に泣きまね」 弔問強要で住民不満 - MSN産経ニュース
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【金正日総書記死去】呼び出し嫌い「無理に泣きまね」 弔問強要で住民不満 - MSN産経ニュース
2011.12.28 08:25 [北朝鮮]
「1日に何度も弔問所を訪れるよう強制され、もう流す涙も残っていない」-。北朝鮮で金正日総書記の哀悼期間が続く中、当局が住民に度重なる弔問を強要し住民から不満が出ていると、北朝鮮専門メディアなどが同国内部の消息筋の話として伝えている。
米国のラジオ自由アジア(電子版)は27日、咸鏡北道の消息筋の話として、工場や企業ごとに弔問時間が決められ、住民らは1日に2回ずつ弔問所を訪れて1時間にわたり泣くよう強いられていると報じた。同筋は「もう涙も出ないが、泣かないと呼び出されるので無理にでも泣くまねをしないといけない」と話した。
両江道の消息筋は、公安機関の国家安全保衛部が弔問所を見張っており、泣いていない人がいると呼び出して「不誠実だ」「何のために来ているんだ」などと詰問するため、訪問するのが怖いと説明。家族内では哀悼期間が早く終わってほしいと露骨に不平を言っているという。(共同)
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強制しないと悲しんでもくれないとは、哀れな最後ですね。まぁ、独裁者などは当然そうなるのでしょうけどね。下手すると肉親も悲しんでいないんじゃないかと思うくらいです。
こちらには、北朝鮮と日本の統治形態が酷似しているという韓国の報道があったようですが…
(引用先はその記事をほんやくして
→【日朝】 日帝と北朝鮮、あまりにそっくりな統治形態~北朝鮮では日王が金一族に変わっただけ[12/26] : 2ちゃんねるで話題のニュースまとめ
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【日朝】 日帝と北朝鮮、あまりにそっくりな統治形態~北朝鮮では日王が金一族に変わっただけ[12/26] : 2ちゃんねるで話題のニュースまとめ
2011年12月27日23:00
【日朝】 日帝と北朝鮮、あまりにそっくりな統治形態~北朝鮮では日王が金一族に変わっただけ[12/26]
1 :蚯蚓φ ★:2011/12/27(火) 21:35:43.98 ID:??? [6493ポイント]
http://cfile4.uf.tistory.com/image/164377404EF8302B22E679
http://cfile9.uf.tistory.com/image/16625E454EF83062266C54
北朝鮮と日本。一瞬、似たところは少しもないように見える二つの社会だ。だが、この一週間、記者はこの二つの社会で妙な‘既視感(dejavu)’を感じた。
既視感の始まりは金正日(キム・ジョンイル)国防委員長の死亡の報せに接して座り込んで号泣する北朝鮮住民たちを見せながら‘北朝鮮当局による演出’‘生き残るための芝居’と解説しているフジテレビの画面からだった。日本人たちは国際社会で孤立した北朝鮮住民たちの誇張された反応が非常に興味深いという表情だった。
だが、韓国人の私の目に北朝鮮住民の反応は全く馴染みがないわけではなかった。1994年、金日成(キム・イルソン)主席死亡時の北朝鮮風景を思い浮かべたのではない。NHKをはじめとする日本の放送が毎年8月ごとに繰り返し放送する太平洋戦争ドキュメンタリーの記録画面の中だ。
1945年8月15日ラジオで当時のヒロヒト日王の降参宣言が朗読されるや日本国民は東京の王宮方向に向かってうつ伏せになって泣いた。うんざりする戦争が終わったという喜びではなく自分たちの不忠を恨む叱責の涙だった。誰が無理じいしたのでもなかった。日本帝国主義が作り出した‘虚構の世界’に没入した日本国民自ら選んだ反応だった。
よく調べれば日王中心の旧日本帝国主義体制と金日成一族中心の現北朝鮮独裁体制は類似性が少なくない。どちらの体制も個人崇拝体制であった。日王は自ら天から降りた「カミサマ(神)」を自認した。工場と学校、官公庁、さらに民家にまで日王の写真を飾ってお辞儀するようにした。朝鮮人らにまで日王を神であがめるように神社参拝を強要した。日帝の国民教育の目標は日王の血統を万世一系に継続するために尽くす‘臣民’を育てるところにあった。
北朝鮮では日王が金日成一族に変わっただけで同じ現象が広がった。‘枯れ葉に乗って鴨緑江を渡る神出鬼没の偉大な首領’のため全てを捧げようというスローガンが乱舞する。首領を人民大衆の‘脳髄’と呼んで、人民を手足と表現する主体思想は日王が‘国家の主人’であり国民は単にその命令に従う臣下と規定した日本帝国主義憲法前文を連想させる。
(中略)
両体制とも中高校生らにまで授業時間に戦闘訓練をさせた。日帝は少年全国体育典を開いてスポーツ種目でなく各個戦闘を競い、射撃、重武装して駆け足などの試合をした。北朝鮮も幼い青少年らに同じことをさせている。日帝が‘強い軍事力だけが日本の生きる道’としながら軍事優先政策をとったが北朝鮮では‘先軍政治’スローガンの下強行されている。戦争物資用意のために極度に耐乏した生活を強要しながら徹底した食糧配給制を維持するのもそっくりだ。
よく北朝鮮が韓国より親日派清算だけは先んじたと考えやすいが体制だけおいてみればはるかに日帝らしい。韓半島北部で日王の額縁写真がキム父子写真に変わっただけ、悲劇は今でも続いている。
日本と北朝鮮が様々な面で似ていたという事実は日帝の崩壊過程が今後、北朝鮮政治の流れで反復される可能性があるという推論を可能にする。日帝は敗色が深まると全国民に最後の瞬間まで日王のために戦って氏ねという‘玉砕’命令を下して抵抗した。戦争末期、日王は置物に転落して軍部が全権を掌握した。
外部世界は日本がまもなく崩れると見たが洗脳された数多くの日本人たちの盲目的忠誠のおかげでなかなか崩壊しなかった。これに真っ青になった米国が原爆という劇薬処方を使ってこの悲劇は幕を下ろした。北朝鮮の後継者、キム・ジョンウンとその追従者が日帝の前てつを踏まずに頼むから改革と開放、平和路線を選ぶように切実に願う。
キム・ドンジン東京特派員
ソース:世界日報ブログ(韓国語) 日帝と北朝鮮、あまりに似ている統治形態...
http://bluewins88.blog.segye.com/1324
関連スレ:【書籍】 今の北朝鮮の姿、過去の日本帝国にそっくり~「なぜ北朝鮮は極右の国なのか」[12/26]
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1324912884/
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東京にいながらこの特派員のこの記事とは…。韓国外にいてもなかなか洗脳は解けないのでしょうかね。まぁ、洗脳が解けてしまうと自我が崩壊して多分人間じゃなくなってしまうかもしれませんので、自衛の力が本能的に脳みそ内を支配しているのでしょう。それだけ洗脳が強いとも言えますが。
最初に強調した部分までは普通の記事なんですがね。まぁ、
日本帝国主義が作り出した‘虚構の世界’に没入した日本国民
はちょっと違うかもしれません。この虚構の世界が何を示すのかが曖昧ですけど、神国日本・腐敗日本という虚構の世界を作ったのは軍部であり、その片棒を担いだのがマスコミだったのです。そのことと皇室はなんの関係もありません。そういう面では皇室・天皇陛下はこの記事の通りまったくの置物でしょう。
どちらの体制も個人崇拝体制であった
日本は個人崇拝態勢ではなく、民主主義国家でした。敗戦時にも国会は存在して活動はしていました。
日王は自ら天から降りた「カミサマ(神)」を自認した
そんなことはしていません。昭和21年の新年の詔勅をみれば明らかですし、天皇機関説を許容するご発言をされていることからも、あきらかです。また、どこの日本人が陛下は神様:ゴッドだと考えていたというのでしょうか。日本的な「カミサマ」という考えは持っていたでしょうけど、ゴッド:神様という考えはなかったでしょう。もし、ゴッド:神様という考えを当時の日本人があまねくもっていたのなら、敗戦後処刑されていますよ。全知全能の神だからこそここまで崇めてついてきたのに、負けてしまう、しかも原爆を落とされるとは無能の極み!となるのが当然でしょう。
日帝の国民教育の目標は日王の血統を万世一系に継続するために尽くす‘臣民’を育てるところにあった
戦争になってからの数年間の話ですね。国民学校という名前になってからの話ではないでしょうか。
最後の瞬間まで日王のために戦って氏ねという‘玉砕’命令を下して抵抗した
命令って、誰から誰の?
スローガンとしては「進め一億火の玉だ」とか「一億玉砕」というものはありましたが、政府が正式に国民に対して玉砕を命令したのでしょうか。
戦争末期、日王は置物に転落して軍部が全権を掌握した
間違っていますね。
それまでも立憲君主、議会制民主主義に則り、国家としてのすべての政は政府・内閣・大臣が責任をもって執り行ってきたのです。陛下はあくまでもそれを認めることしかできないのです。このすべて政府が責任を…ということが、輔弼するということです。軍部が全件を掌握したということも間違っているでしょう。確かに、リッ海軍大臣を現職から出すということになってから、あるいは軍縮条約の際の統帥権干犯という問題が起こってから、軍部が主導権を握ることにはなったと思いますが、全権掌握は言いすぎでしょう。全権掌握しているのなら、どうして本土決戦をしなかったのかということになります。それは逆に言うと全権掌握などはしていなかったということになります。
ポツダム宣言を受諾するかどうか、それを決断するのが政府ですが、決断できなかった。そういう意味では政府が機能不全になっていてどうしようもない状態(=軍部が全権掌握していなかった)だったからこそ、陛下のご意見をお聞きしたということです。
そのポツダム宣言も「国体護持」という言葉があれば軍部ももっと早く受け入れたのでしょうけど、アメリカが原爆の人体実験をしたいから宣言から抜いたことがわかっているとのこと。
初めから終わりまで、アメリカを始めとする白人侵略国家に翻弄されたのが、明治維新から昭和20年までの日本の歴史だったということでしょう。国際社会というものにあまりにも無知だったということ。しかも、それはまだそのままです。
保守政権でもそうだったのに、左翼政権になってからは日本の国益というものも軽視する、いや敵視するようなことになってしまいました。来年はどんなことが起こるのでしょう…。
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