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2011/07/31

太地町、クジラ漁師の皆さんの苦悩

今日の午後、撮り溜めしていたETVを見ました。

【ETV特集】「鯨の町に生きる」

NHKの番組だということで見る前はかなり身構えていたんですが、そんなことはなくってほぼ日本側から見た番組になっていました。中でも、鯨=太地町の文化と一体となっているところがたくさんあり、録画しておいてよかったと思いましたね。

飛鳥神社のお祭りの場面ではびっくりしたものもありました。なんでも、御祭神に鯨も入っているというようなことも言われていたような。普通に考えれば自分たちが食べるものですから、崇めるようなものではないところですが、太地では農業に適するような土地もあまりなく、まさに鯨が生活を支えていた。だからこそ、食料が御祭神になるようなところまで文化が到達したのですね。

鯨のための供養塔があったりすることもそのためでしょう。なにせ、鯨が取れないと自分たちも死んでしまうわけですから。命がけで命をいただく。生きるということのコアな部分を見たように思います。

膿犬の執拗な妨害や盗撮に苦しめられる漁師の方々ですが、鯨の命をいただく場面を膿犬に撮らせないようにするのは何のためにしているのか?ということを三好さんという方が自問自答し、到達した答えに感動しました。

死ぬところを晒し者にしない

番組の中では鯨を殺す瞬間を盗撮されないようにどうすればいいか、処置する浦に天幕のようなものを張って隠すこともするのですが、どうも見ていて「隠すということは隠すようなことだということか?」という印象しかありませんでした。

膿犬の連中も、浦の沿岸で公園の敷地と山の境目に網を張る作業をしている漁師の方々に

「なんで隠すんだ?プライドなどないんだろ?」

というようなことを言っていました。見ていて、これになんと答えられるのかと自分でも自分に問いましたが答えは出てきませんでした。「隠すようなことはしていないんだから隠すな」ということは簡単ですが、そうすればますます相手に口実を与えることになります。

漁師の皆さんも「いい気持ちではない」ことは当然だったことが番組の最後のほうで分かるんですが、この時点ではまだ漁師の方々自身もうまく自分の気持を言葉にできない段階のようでした。

死ぬところを晒し者にしない

これは幾つか意味があると思います。

■傍目を気にして見せない

これはようは見ている人に不快感を与えないということでしょう。たしかに生きているものが死んでいくところを見るのは気持ちのいいものではありませんから。

でも、この太地の漁師の方々はこれだけではなく、もっと鯨のことを慮ってこういう結論に達します。

■その瞬間は身内で看取ってやろうやないか

身内=漁師です。漁師=鯨の命をいただいて生きている人間です。有り難いという思い、その最後は我々だけで看取りたいという、まるで自分たちの家族に対するような感情の発露ではないでしょうか。不覚にも、そのような高みまで考えが至りませんでした。

また、番組では中学校で討論までされたことも描かれています。「クジラ漁で世界から批判されるのなら、止めればいい。食べるものはたくさんあるし、鯨を殺さなくても仕事はあるはず」という短絡的な意見になるのかなぁと思って見ていたんですが、真逆です。

「鯨は太地の文化」

これをはっきりと理解している中学生。ただ、どうすればいいということまでは当然至っていませんが、それは一朝一夕の話で結論が出るようなことではありませんからね。

こうやって、鯨の意味を地域みんなが共有している限り、鯨漁がなくなることはありえないでしょう。そう願いたいです。

ところで、この番組には膿犬ももちろんたくさん出てくるのですが、あいつらは糞ですね。

■見張っている漁師の方々を超超至近距離で撮影する
■日本語で「死ね」と言い放つ女性
■英語で「Killer」と言い放つ女性
 ※しかもすれ違いざま、遠くから
■作業に出かける軽トラの前に立って邪魔をする
■10万円を出して、これでイルカを一頭逃してやってくれと言う
■立ち入りを制限する網を破る
■囲い込み漁の網を破る

どの行動も漁師の方々を怒らせ、暴言を吐くか暴力をふるわせるか、その狙いとしか考えられません。とても話し合いに来たというふうには見えませんね。まぁ、来ていないんですけど。

( ´ー`)y―┛~~

ところで、鯨漁というとどうしても南氷洋のように砲をぶっぱなすような印象がありますが、太地では追い込み漁が行われているようです。船団を作って黒潮の境目まで行って、そこで小型の鯨を見つけて太地の入江まで追い込む。船で囲んで大きな音(水中に鉄の棒を入れて、その棒を叩く)を出して誘導する。

すごく手間のかかる漁法ですよね。だからこそ村=町全体でやらないとだめ=町がそのことをわかっている=中学生の結論なのでしょう。

子供は親の背中を見て育つとは言いますが、なんとかこの太地町の生活=文化を守るためになにができるでしょうか。

くじら料理と言ってもなかなかお店もありませんし。スーパーにも地元でない限りなかなか売っていませんしね。

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和歌山 鯨料理 【ぐるなびレストランカテゴリ】

意外と和歌山のくじら料理店って少ないの?
 


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