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2010/04/07

神とは時になんと残酷なものよ…

あまりにも若くて急すぎませんか?
Gナイン「タクと一緒に戦う」Vへ誓い新た : プロ野球 : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

Gナイン「タクと一緒に戦う」Vへ誓い新た : プロ野球 : スポーツ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)




セ・パ交流戦の日本ハム戦で、先制2ランを放ち、ラミレスに迎えられる木村さん(2008年5月26日)

 


 「キムタク」の愛称と気さくな人柄で、多くの人に慕われた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチ(37)が7日、亡くなった。

 木村コーチの遺志を継ぐべく、巨人ナインは優勝への誓いを新たにして、伝統の一戦に臨んだ。一方、他球団からも早すぎる死を惜しむ声が届いた。

 巨人ナインは7日午後、兵庫県芦屋市内の宿舎で木村コーチの遺影に黙とうをささげた後、甲子園球場に向かった。巨人と阪神の球団旗が半旗に掲げられる中、午後4時過ぎ、選手、首脳陣がグラウンドに飛び出し、二塁の守備位置に阿部主将、内海選手会長を中心に集まり、再び黙とう。内海は「タクさんが守っていれば安心して投げられた。調子がいい時も悪い時も声をかけてくれた最高の先輩」としのんだ。練習の間は選手同士で会話する姿もなく、いつもは大きな声が飛び交うノックも無言で淡々と行われた。木村コーチとは同学年という谷は「明るくリーダーシップもあり、人の上に立つ人間と思っていた。これからもタクと一緒に戦う」と誓った。

 両チーム、観客が黙とうをささげ、場内が静寂に包まれる中、試合開始。巨人ナインに加え、広島時代の同僚だった阪神の金本、新井も喪章を付けてプレー。この日、先制打を放った巨人・坂本は「たくさんのことを教えてもらった。ベストを尽くし、チーム一丸となることがタクさんにとってもいいこと」と語った。巨人では23日からの東京ドームでの広島3連戦の1試合を追悼試合とし、ファンと一緒に「お別れの会」を開催することとした。

 この日は、広島ナインも喪章を付けて試合に臨んだ。広島時代に一緒にプレー、倒れた日にも言葉をかわした広島・野村監督は「タクの闘志、野球を愛する気持ちを今の選手たちが受け継いで、野球ができる喜びをもう一度かみしめたい」と話した後、「悔しいです」と唇をかみしめた。

 アテネ五輪でともにプレーしたヤクルト・宮本は「限られた人数の中で内外野やブルペン捕手などチームのため献身的にやってくれた」と思い出を語った。

 昨年まで巨人で一緒に戦った横浜の尾花監督は「去年、マスクをかぶり、ゼロに抑えた時のホッとした顔と得意げな顔。子供みたいな表情が忘れられない」と振り返った。

(2010年4月7日22時37分 読売新聞)


本当に信じられない信じたくない。

腰痛の話も全然知りませんでしたけど、あの日までノックをするくらい元気だったのに。

キムタクをGが獲得というニュースを聞いたとき、広島もいらないっていうくらいの選手なのになんでとるのか?と思ったのは事実です。でも、そのような失礼な印象はシーズンが進につれ、年が経つにつれてなくなっていきました。いや、なくなったどころかキムタク選手のおかげで勝てた試合がいくつあったでしょうか。

まったく決まらないセカンドのポジションもしかり、ここというときの守備固めや代打、チャンスにもきっちり仕事をする、本当に仕事人という表現がぴったりするような、そういう選手でした。

中でも極めつけはやはり「キャッチャー 木村」でしょうね。





 


この試合は本当に感動しました。キムタク選手がいてくれて本当に良かったと、全国のGファンが感じたでしょう。

秋によい報告ができるよう、選手もファンも精一杯やるしかないです。

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