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2009/05/23

歴史を忘れてはいけない

今年もこの時期がやってきたようです
「串本を忘れない」 トルコ大使館武官、エ号慰霊碑に献花 - AGARA紀伊民報

「串本を忘れない」 トルコ大使館武官、エ号慰霊碑に献花 - AGARA紀伊民報

 駐日トルコ大使館武官のエイユップ・ギュルレル陸軍大佐(42)が21日、和歌山県串本町を訪れ、119年前に同町樫野沖で遭難したトルコ軍艦エルトゥールル号の慰霊碑に献花し、「トルコ政府とトルコ国民は串本町と串本町民をずっと忘れることはない」と感謝の言葉を述べた。




 ギュルレル大佐は昨年8月に着任し、串本町に来るのは今回が初めて。「自分の子どもたちにも串本の地を体験させてやりたかった」と話し、妻と小学5年生と3年生の息子2人と一緒に訪れた。

 慰霊碑前では、大島小学校の児童や地元区民、関係者ら約100人が集まった。ギュルレル大佐は慰霊碑に献花して、大島小児童が歌うエ号追悼歌を聴いた。

 ギュルレル大佐は「日本におけるトルコにとって一番意義のある場所に立つことができ、幸せ。トルコ国民を代表してお礼申し上げたい」とあいさつ。遭難当時、トルコ人の救助にあたった地元民や関係者に感謝した。大島小児童にプレゼントも手渡し、児童代表で、3年生の滝本虎之介君と2年生の船井絹佳さんが受け取った。

 追悼歌を作詞した和泉丈吉さんの孫、和泉由希さん(44)=大阪府河内長野市=も出席して「当時、トルコの人たちが危険を覚悟して日本に来ていたということをしみじみと感じた」と話した。

 ギュルレル大佐は、樫野埼灯台や、当時、救助の舞台となった灯台官舎跡、トルコ記念館を訪れ、感慨深そうに見学していた。最後に立ち寄った串本海中公園センターでは、遭難現場から引き揚げた料理鍋を見て「こういった遺品を見ると遭難のすさまじさを感じるが、残してくれた遺品を引き継いでいくことが大切だと思う」と語った。

 この日は午前中に、町役場で田嶋勝正町長と村上修町議会議長と会い、記念品を交換した。田嶋町長は「エ号が遭難した時に、先人がしたことをわたしたちもうれしく思っている。この歴史を忘れず共有しながら守っていきたい」と述べ、ギュルレル大佐は「トルコは、献身的行為を決して忘れることはない」と、両国の関係が永続的であることを強調した。


【エルトゥールル号遭難慰霊碑前であった式典(21日、串本町樫野で)】

何度かここでも記事にしたことがあるお話です。

軍艦が遭難するほどの嵐の中自分達の危険も省みずに救助したこと、自分達の食料もままならない中保存食料さえも出して遭難者に与えたことなど、わが身を考えるととてもできない・・・と思わざるを得ないことがたくさんあるようです。

こちらは全貌が分かるページです
☆トルコと日本(AA劇場)☆

おかしなヨタ話ではなく、このような話こそ教科書に載せ、子孫に伝えるべきものと思います。
 


↓AA劇場、いい話すぎる(泣・・・と思う人は、ポチっとお願いします m(_ _)m

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コメント

そうでした、たしか昨年もこのお話を拝見しました。

こんな出来事があったのに、日本人の大半が知らないというのは勿体ないですね。
(´・ω・`)

投稿: おひら | 2009/05/24 10:31

こんにちわ^^

>おひらさん
本当にもったいないです。
トルコの方々にも失礼ではないかと思います。

帰郷した際に、一度行ってみようと思っています。

投稿: ピア | 2009/05/24 12:07

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