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2006/10/08

朽ちていった命 -被爆治療83日間の記録-

所要で都内に向かう前には、千葉駅構内の本屋さんで本を物色して長旅に備えるのが恒例になりました。

10/6に選んだのがこの本です。

まず、タイトルで惹かれました。
「朽ちていく?普通の死に方ではないってこと?」

次に、タイトルの下に書かれているもので、やっと分かりました。

-被爆治療83日間の記録-
NHK「東海村臨界事故」取材班

wikipedia:東海村JCO臨界事故
中村省一郎:JCO核燃料加工施設の真の危険性

記憶の限りでは、最初目にしたニュースではそれほど深刻な事故ではなく、たまにある「もんじゅ」のような蒸気が漏れた程度のことという印象でした。

しかし、その後TVで流れるニュースでは患者を搬送する隊員がものものしいという表現しかない防護服を着ていた場面が映されており、その1点だけでも「ただ事ではない」と思い知らされた。

一番驚いたのがウラン溶液をバケツを使って作業しているという点で、放射能をもつ物質をそんな簡単な器具で扱ってもいいのか?と空恐ろしくなったことである。

あとは避難勧告が出されたり、その後農作物の風評被害で訴えたりというような、事故そのもの以外の記憶しかない。週刊文春の猪瀬直樹の連載「ニュースの考古学」でも書かれてはいたが、印象に残っている部分は「JCOなどという得体の知れない会社名が、周辺住民や従業員を欺いてきたのではないか?」というような(記憶の範囲で書いているので正確ではないと思う)指摘だ。

少なくとも「原子力燃料加工センター」というような施設名なら、関わる人間に常に意識させていられたのではないかとも思ったりした。

改めてこの本を読むと、事故の本当の恐ろしさが見えてくる。一番ビックリしたのが、被爆量である。

レントゲン写真の被爆量はわずか1mシーベルトの何分の一であっても、妊婦は注意が必要といわれているレベルである。ところが、今回の被爆量は20シーベルト!

読んでいくにつれ愕然とする場面はたくさんあったが、最初はこの20シーベルトの場面。即死してもおかしくない量じゃないのか?被爆者は上司の逃げろ!という声に従い隣の更衣室に駆け込むと、嘔吐して気を失っている。

次に愕然とした点は、「裸の原子炉」という表現である。原子炉というものからは、およそかけ離れた「裸」という単語に、この事故の異常さが現れている。逆に言うと、放射能を持つものを一定以上集めただけで簡単に原子炉が作れるということであり、上記中村教授のページにも記載されているが全く悪夢のような物質である。このようなものを加工する工場として安全絶対主義が貫かれなくてはいけなかったが、効率を重視してしまった=手抜きである。並みの手抜きではない。下手をすると水戸が死の街になった可能性さえある、死への手抜きである。

入院した当初は外見もほとんど痕跡がなく、意識もしっかりして会話も出来る状態であったが、徐々に被爆という現実が体を蝕んでいく様子が淡々と書かれている。

まず染色体を調べると、全ての染色体がばらばらに破壊されているということが分かる。染色体のたった一箇所でも狂っていれば大変なことになるというのに、ばらばらなのである。この事実だけでも、放射能の恐ろしさが分かってしまう。

染色体を調べた平井という医師の話はこうだ。

「病気が起きて、状況が徐々に悪くなっていくのではないんですね。放射能被爆の場合、たった零コンマ何秒かの瞬間に、全ての臓器が運命づけられる。普通の病気のように血液とか肺とかそれぞれの検査値だけが異常になるのではなく、全身すべての臓器の検査値が刻々と悪化の一途をたどり、ダメージを受けていくんです」

いわば執行猶予を受けた死。しかも、その猶予期間の間には医療もなにもかも無力なことを思い知らされる・・・。

血液のなかにリンパ球が全くないことも入院初日の検査で判明する。これは免疫機能が失われたことを意味する。どんな細菌が体内に入っても、致命的になるのだ。これは初期の治療方針を決める上で、大きな障害になっていく。

こういった内面の変化だけではなく、じわじわと外面にも影響が出始める。まず、貼ったテープをはがすと皮膚がめくれるようになる。細胞が破壊されているため、当然皮膚が再生することはなく、むき出しの状態で体液が漏れていく。血液も。その後、毎日体から失われる体液の量は10リットルにも及ぶ。その分、点滴や輸血で補う。それしかないのである。造血機能はなくなっているし、腸も破壊されているので食べ物を摂取しても消化吸収されない。

呼吸して生きているのが不思議なくらいだ。

大量に失われる血液・血液の影響で、血圧が安定しない。その血圧を安定させるために薬を投与する。また鎮痛剤、肺炎を防止する薬も。最新の医療をもってしても、対症療法しかない。

絶望的な状況のなか、医師と看護婦の献身的な治療が続く。

そんな日常の中、そのときはいきなり来た。

07:08 心停止
07:10 心拍再開
07:25 心停止
07:34 心拍再開
07:50 心停止
08:14 心拍再開

心臓が停止していた時間は49分、自発呼吸が停止していた時間は1時間35分。なんらかの障害が起こるのは間違いない。心臓が停止すれば真っ先に思い浮かぶのは脳への影響だが、他の臓器とて血液がなければ機能しないことは当然で、真っ先に症状が出たのが腎臓である。利尿作用のある薬を投与してもまったく尿がでなくなってしまった。

心停止の翌日には、GOTが3310!に跳ね上がり、GPTも1066!になった。肝不全である。

一時期は移植によって好転していた血液中の白血球の数も、1立方ミリメートル辺り1000程度の数値に減っていた。毎日行われている治療方針の発表資料にも「引き続き、人口呼吸管理、感染症対策、栄養管理、輸血管理等のきめ細かな全身管理を行います」とだけ書かれる様になっていく。

チームリーダーの前川教授は覚悟を決める。

「今度心臓が止まっても、もう蘇生措置はしないほうがいいと思います」
家族への説明の中で、リーダーはそう言った。家族もそれを受け入れる。

1999年12月21日、この日もいつもの治療が行われていた。午後3時に家族が面会。この日、厳しい状況にある患者の状態も考え、顔を覆っていたガーゼが取られた。皆、泣きながら顔を見た。

このとき対応した看護婦は、患者の妻が泣くところを初めて見たと言う。

午後10時には息子が面会。

この日も終わろうとしているそのとき、血圧が急激に下がった。あまりに急だったため、家族は間に合わなかった。

1999年12月21日 午後11時21分 享年35歳

その後は司法解剖の内容続くが、ここでも被爆による生体への破壊が生々しく書かれている。

「腸はふくらんで大蛇のようにのたうちまわっているように見えた。胃には2040グラム、腸には2680グラムの血液がたまっていた。胃腸が動いていないことは明らかだった。」

「三澤のもっとも驚いたのが、筋肉の細胞だった。通常は放射線の影響をもっとも受けにくいとされている細胞である。しかし、筋肉の細胞がほとんど失われ、細胞膜しか残っていなかった」

造血肝細胞も失い、リンパ球も失い、体中の粘膜という粘膜も失い、肝臓、腎臓は破壊され、自発呼吸も出来なくなった体。しかし、心臓は健在だった。

大胸筋の筋肉繊維はなくなるほど破壊されていたのに、心臓の筋肉は健在だった。

解剖は徹夜で行われ、死因は「放射線の大量照射(被爆)に起因して一次、あるいは二次的に惹起された多臓器の機能不全と推定される」とされた。

この本は、放射線被爆という日常とはかけ離れた事故が、実は日常起こりうるということを改めて知らせてくれていることのほかに、医療に従事している方々の献身的な、時には当事者として向き合っていると思えるほどの、暖かい視線を感じさせてくれる。

電車の中でほぼ読み終わった本ですが、途中で何度もつらくなったり感動したりして、涙が零れ落ちそうになりました。そのたびに目頭を押さえてこらえないと、本当に涙が落ちそうで。

この事故は断じて風化させてはいけない。医療の現場でさえ風化しつつあり、ましてや一般の人はもう事故さえ忘れているかもしれない。しかし、今このときも原子力発電所は稼動し、核燃料を製造する工場も稼動しているのである。

この事故が風化してしまったら、この事故の意味がなくなるではないか。残ったものが出来ることといえば、せめて繰り返さないことだけではないか?

原子力に関わる人全ての人に、事故を忘れないように手元に置いておいて欲しい本だ。

また、この内容はNHKで放送された番組である。NHKがDVDで販売してくれることを望む。
 


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